こんにちは今日は南海6000系の4連でも二番目に廃車されてしまい短命だったこの編成のお話をしましょう🚅
サハ6808は
6015-6904-6808-6016として誕生
モハ6017・6018、サハ6809も
6017-6905-6809-6018として1965年秋に誕生
1972年頃に6905を天下茶屋工場より天王寺を経て竜華操車場に回送し方向転換
交換した後6905は難波側先頭車になる
その後6808の位置と入れ替わり
6017-6808-6809-6018 の組成が完成する
1985年頃の冷房化改造の際
6017-6613-6614-6018 の組成に車番を変更する
なおサハ6601型は全て旧1000系からの流用台車
しかし特定サイトによるこの編成への十分な検証ができていない批判行為等がこの車両の運命を決めつけてしまう。
乗る側としては6025Fと独特の香りが強く染みており気に入っていた6000系の1本であった。
この編成の運命とNankadaiOneアフィリエイト部門創設のスポンサーへの抗議の一環として長年見送りの判断の一つとなってしまった。
その後23年夏のSNS騒動もなければ撮り鉄ドットコム創設の話もなかっただろう
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支配人が初めて一眼レフ【eoskissx6i】握って3000枚も撮らないぐらいにkissで撮った写真なので悪しからず
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最後は6025Fと共に急行運用をし。令和元年11月
南海千代田工場祭りで千代田工場が活気があふれている裏側
その祭りを待てずスクラップ。
小原田電車区で静かに散っていき大阪の海の方へ消えていった。
6025もその後を追うかのようにやってきたのは無念なこと。
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